スペイン旅行記 3日目。 街並考察
4月3日
バルセロナ市街の様子をレポートする。
大通りには真ん中にスケートボードや自転車、ランニングする為の道が用意されている。
交通状況はあまりよろしくない。 理由は、車、歩行者ともに信号無視を度々する為。
カフェやスーパーでは店員が客に気軽に声をかけて、コミュニケーションを取っている。
街中の至る所にある植樹は建物や街並をより綺麗に見せている。
というよりも建物と植樹がセットになっているような印象を受ける。
街並は一つのブロックで区切られていて、通りと筋がある。京都のそれだ。
バイクや車の駐車場が通り沿いや、ブロックの四隅の澄み切り部分にある。
料金を支払う機械がないので、無料のように見える。
建物は全体的に府来るからある、ファサードが凹凸かつ装飾がそこかしこにある良い印象のモノばかり。
街灯が良い感じ。
大通りの中心の道にはベンチが点在していて、良い感じ。
ただ、通りや筋を示す看板や、マップがもう少しあると土地勘のないものには助かる。
景観法にひっかかる、という問題があるためか。
しかし初日のこともあるので、マップは必要だと感じる。
装飾を平面的に現すにはどうしたら良いのか。
装飾的なものが表す情報は複雑だ。
人が認識する情報は、例えその対象が複雑な形を成していても、それをよりシンプルに整理し、理解しようとする。
ならば最初からその単純化されたソースにすればいいのか、と言えば、そうではないのだ。
複雑な機構から単純化されるその過程が、実は欲しい情報、あるいは記号だったりする。
人間の脳がここまで肥大してしまった以上、この欲求は消えてなくなることはないだろう。
極端に偏る、ということはあるかもしれない。
ただ、それも時代のニーズに相対するだろうし、他方も、ニーズを際立たせるために必要になってくる。
大勢が勝つ、という時代は、現代の感覚からはずれている。
今は少しでも専門的なものが良い。
先鋭化されたものがきっと武器になる、と私は信じている。
だから少しくらい、他と違ってもいいのだ。
少しだけ周りに知り合いが居る、それだけでいいのだ。
今の環境は非常に恵まれているはずである。