スペイン旅行記 アートな街バルセロナ

初めての海外旅行でスペインを選んだ理由はガウディ建築を見る為!出会った建物群の感想と旅行中の出来事を書いていきます!

スペイン旅行記 初日

 

3月31日 ~ 4月1日

 

自宅を出発。

 

関西国際空港からドーハ経由でスペインへ。

 

出国手続きを住ませた後、出発までの時間をスマホとスタバで時間をつぶす。

 

スタバ店員さんが、声をかけてくれた。

 

どうやら相当不安そうな顔をしていたらしいのだ。

 

無理もない、始めての一人海外旅行で、いきなりヨーロッパの長旅を選んだのだから。

 

実際不安だった。

 

声をかけてくれた店員さんに謝礼を渡し、出国ゲートをくぐる。

 

押し寄せる恐怖にもなんとか耐え、言いようのない緊張としばらく戦いながら、飛行機の座席に着いた。

 

飛行機が離陸するまで、本当に自分はまたこの地に帰って来れるのか、

 

異国の地での生活によって終焉を迎えるなんてことにならないか、

 

などと考えを巡らせていたら、いつのまにか眠っていた。

 

気がついたら飛行機の翼が雲の上を掠めるくらいまでの高度に位置していて、

 

もう後戻りはできない、とわかったらなぜか落ち着いた。

 

マラソンのスタートの瞬間と、それを越えた後の、後戻りの出来ないの事実と、もう前に進むしか、

 

これからくる苦しみから解放されない、だからもうなるようになれ、というようなあの感覚だ。

 

あとは時間との戦いである。

 

座席の前に備え付けられていたディスプレイから、絶えず映画が流れてくるので、それをぼぅと見ていた。

 

ドーハに到着すると、次の乗り継ぎまで1時間程度ある、ということだったので、ここでもスタバによった。

 

店員さんに声をかけてもらえるように、不安げな表情をしていたのだが、ついに声はかけられなかった。

 

ここが、日本と外国との違いである。

 

日本のホスピタリティはすごいのである。

 

再度飛行機に搭乗し、スペインはバルセロナを目指した。

 

飛行機の中ではあいかわらず、座席の前のディスプレイに釘付けにされた。

 

そしていよいよ、スペイン到着である。

 

スペインに到着すると、まずはホテルを探した。

 

なんとホテルを予約していなかったのだ。

 

もちろんわざとである。

 

このスペインの地に来たからには、いくつもあるだろう障害を、自分自身で乗り越えたかったのだ。

 

しかし、そんな甘い考えは1秒で走り去った。

 

スペイン語がまったく通じない。

 

3ヶ月も勉強したのに、だ。

 

まさか、と心の中で数十回唱えたが、現地のスタッフは両手のひらを上に向け、軽く持ち上げるといった、あの例の仕草をするだけである。

 

「こうなったら英語を使うしかないか」

 

やれやれだぜ、なんてつぶいやいてみせたが、英語も通じず。

 

四面楚歌である。

 

まわり全てが敵の状態だ。

 

ホテル探しを5件ほど終えたところで、本当に焦ってきた。

 

正直、なんとかなるだろうと、思っていたところに、予想外の出来事が起きたものだから、

 

小心者の私はびくつきながら歩くしかなかった。

 

無力感が半端なく出ていただろう。

 

それを撮影しそこねたものだから、いまいち、みんなに伝わらないのだ。

 

もし、これがテレビ番組の企画なら、この一日目がこの旅最大のみどころだったろう。

 

非常に残念である。

 

途方に暮れていた私だが、ふらふらと歩いているだけでは問題は一向に解決しないので、

 

マップを手に、とにかくホテルを探し歩いた。

 

毎回あの例のジェスチャーをされるが、お構いなしに探した。

 

すると、私のスペイン語が通じるホテルに出会った。

 

なんだ、私のスペイン語もたいしたものではないか、そうだ3ヶ月も勉強したのだから、

 

このくらい出来て当たり前なのだ、とうぬぼれていると、そのホテルの受付が

 

「このホテルを出て、左に向かい、さらに左に行くと、同じ系列のホテルがあるから、そこにいきなさい」

 

と言ってくれた。

 

どうやらシングルの部屋がこのホテルにはなく、その系列が同じだというホテルにはシングルが空いていたそうなのだ。

 

「ありがとう!」

 

流暢なスペイン語でその受付に感謝と謝礼を渡した後、ホテルを出て、左、そしてまた左へと進むと、

 

たしかに同じような看板のホテルがあった。

 

自動ドアが勝手に開き「こちらへどうぞ」と言ったので、その通りに中に入ると、先ほどの受付と同じ顔の受付がそこにいた。

 

そうか、スペインでは同じ系列だと、受付も同じ顔の人間を採用するのか、とスペイン文化の一端を理解し、

 

流暢なスペイン語でホテルを予約した。

 

愛想のよい受付であった。

 

機械的にしゃべってくれるし、なんだか、動きもすごくゆるやかだった。

 

まるで音声案内のような声で、ときどき、言葉の連携が悪いように感じた。

 

まさかな、と心の中でつぶやき、ようやく取れた部屋の中に入る。

 

日本のホテルとそうたいして変わらない空間を作り出しているそこには、日本と同じくテレビも同じような配置で置いてあった。

 

テレビをつけると、なにやらサバイバルをして、それを様子を移した素材をテレビ局に売りつけ、生計を立てている男性が映し出されていた。

 

スペインのテレビ番組でもこんな芸人のような生活をさせて、視聴者の気を引く手法をとりあげているのか、と感慨に耽りながら、

 

まずはシャワーを浴びよう、ということで、ひとまず風呂に入った。

 

この瞬間のことは今でも鮮明に思い出せる。

 

汗とともに疲れも一緒に流れてく感覚。

 

恐怖と戦った後の風呂というのはこれほどまでに心地よいものなのか、と心の中で思った。

 

そうして、全身を癒したあと、今の自分の状況を分析した。

 

こんな調子では1ヶ月弱のスペイン生活を乗り切れるわけがない、と。

 

一刻も早くこの状況を打破せねば、と。

 

この状況で、まず乗り越えなければ行けないのは、滞在場所、つまりホテルである。

 

一日目なので、苦戦した、というのもあるが、毎日こんなことではいつかどこかで野宿をするはめになるだろうと考えた。

 

なので、ここは長期宿泊ができるホテルを探し出そう、という結論にいたったわけである。

 

結論から言うと、長期宿泊ができるホテルを見つけ出すことができた。

 

Wifiでネットをつなぎ、長期宿泊、と検索し、いくつかめぼしいものを見つけ、メモを取り、

 

その日のうちにそのアドレスに向かい、その日のうちに契約をしてきたのだ。

 

実はこういう迅速な動きができる私である。

 

長期予約できたホテルは日本人が経営するホテルで、日本語が通じた。

 

スペインにいる間にスペイン語をマスターするぞ!と意気込んでいた私だが、この旅の初日で考えが甘いことに気づいたのだ。

 

日本語が話せるなら、こんなに良い宿泊先は他にはないぞ、と。

 

こんな調子で、数時間前と比べると、天地の状況を生み出した私だが、さらなる災難が起こる。

 

帰る道を忘れたのだ。

 

バルセロナは区画が整理させていて、筋と通りに分かれている。

 

日本でいう京都の街並に似ている。

 

そして、どこの風景も同じように荘厳だ。

 

今ではさすがに風景が違うと認識できるようになっているが、その当時はどこの風景も一緒に見えた。

 

さすが景観法がある土地だ、などと関心している場合でない。

 

スペインに降り立って、まだ数時間なのに、こんなに状況がいくつも変化するものなのか、と心の中で叫んだ。

 

海外一人旅はこれだから困る。

 

しかも初心者はもっと困る。

 

地下鉄も乗り方がわからなかったので、まずは地図を広げて、自分の現在地を確認するところから始めた。

 

そう、ひとつひとつ障害を取り除いていけば、おのずと、自分の目的とするところまでいけるのだ。

 

いままでもそうだったではないか、と自分を奮起させ、歩き始める。

 

歩き始めて、3時間ほどが経った。

 

おかしい。

 

自分は今日滞在しているホテルから、明日から滞在する予定のホテルまで歩いてきた。

 

しかしこんなに時間を要してはいない。

 

せいぜい20分ほどである。

 

なのにその何倍もの時間が経過している。

 

道に迷っていた。

 

そろそろ夜の10時になろうかという時間帯だ。

 

あたりは当然真っ暗だし、人も少なくなってきた。

 

なにやら物騒な声や、理由はわからないが、モノが割れる音も聞こえてきた。

 

現実逃避したくなる事実を受け入れ、とにかく、人に声をかけまくった。

 

流暢だったはずのスペイン語も声が震えていたのかまったく通じず、

 

最後の手段の英語も現地の人たちにはなにをいっているのかさっぱり、という顔をされた。

 

歩く体力もなくなりかけていたとき、目の前のマンションの扉が開き、一人の老人が姿を現した。

 

大柄で白髪、口ひげをたっぷりとたくわえたその老人に私は賭けた。

 

もうこれを逃したら今日はもうだめだろう、野宿だ、野宿どころか、

 

明日がないかもしれない、危険とはこのことかという危機感。

 

必死に自分の状況を伝えると、その老人は

 

「落ち着きなさい。わかった、ついてきなさい」

 

と言ってくれた。

 

なんと、ホテルまで連れて行ってくれる、というのである。

 

このときばかりは神に感謝し、この突然現れた救いの人の背後に後光を見た。

 

老人に出会った場所から数分のところに目指すホテルはあった。

 

「ほんとうに助かった、ありがとう!」

 

と感謝の言葉を伝えると、その老人はニヒルな笑顔を浮かべ、右手の親指を立てるジェスチャーをし、クールに去っていった。

 

こんな老人になる!と誓った私は今はもう目の前に捉えたホテルに猛ダッシュで入っていった。

 

初日からこんなことで大丈夫なのかと眠りにつく前に30回くらい反芻したが、これくらいのスパイスは旅には必要だろう。

 

いつもの安心しきった思考に戻ると、いつのまにか次の日の朝を迎えていた。